第2回 薄いオレンジ色のスパーク

 まれびと、というと違うのかもしれないけれど、時代を遡るほどに、町の誰もが知っている「特別な人」が存在しえていた。ひと目見たら忘れられない風貌の人や、いわゆる「普通」の生活をしていないような人、アウトロー、等々。たとえばよほど若い人でない限り、中央橋の歩道橋(これもなくなってしまったが)の下で絵を描いていたおじさんのことを覚えてない人はいないだろう。子どもというものは、なぜかそういう人たちに強く心を引きつけられる。少なくとも私はそうだった。自分の親とは異なるフォーマットの感覚や生活があるということに、ドキドキした。

 そんな「まれびと」の中でも、幼い私が出会いを待ちわびていたのは「白いマダム」であった。かなりスリムな体に高級な服をまとい、質量ともにボリュームたっぷりのメイク、つばの広い帽子をかぶり、真っすぐに背筋を伸ばしてヒールを鳴らす…。そんなマダムをいちばん見かけたのが、夕暮れの中通りであった。その時間におつかいを頼まれたり、ごはんを食べに行ったりすると、今日は会えるかな…と、いつも探した。

 ある日、家族と中通りを歩いていたら、前方にマダムの帽子と背筋が見えた。そして一軒の店に入った。それも、前回の「店メモリー」に登場した雑貨屋さんに!狭い店内の真ん中に商品がひしめく「シマ」が延び、天井からもいろいろなものがぶら下がっているあの店…。ということは、これまで遠目でしか見ることのできなかったマダムを、彼女と反対側の通路に入れば間近に見られるということではないか!私は家族から離れ、つとめて「頼まれたおつかいの品を探す」風を装いながら、店に入った。マダムは店の壁ではなく、真ん中の「シマ」のものを見ていた。私はキョロキョロしながら、ついに彼女の前に立ち、顔を上げた。

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 そこには、マダムの薄くて深いオレンジ色の口紅が、ぶら下がったマスクやら絆創膏やらスポンジといった日用品に囲まれてなお、一滴の生活臭もなく輝いていた。「あまりにも日常の空間」と「この上なく非日常の存在」が目の前でスパークした瞬間だった。

 マダムも、絵描きのおじさんも、あの人も、この人も、いつの間にかいなくなった。そういう人は本当にもう、いないのだろうか。それとも、見えにくくなってしまっただけなのだろうか。

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